腫瘍溶解性ウィルスによる癌治療_流行り廃りのドラマ

 遺伝子治療薬ゾルゲンスマ(乳幼児向け遺伝疾患治療薬)が薬価1.7億円(生涯単回投与)で保険適用されたことが話題です(2020.5)。遺伝子治療カテゴリーでは、ベクターとしてアデノウィルス(ゾルゲンスマでは運搬体としての粒子殻)に続き、プラスミド(アンジェスによる細胞増殖因子遺伝子製剤コラテジェン)が承認されました。その流れを受けて、残るは腫瘍溶解性ウィルスの承認待ちというトレンドのようです。しかし、トレンドには歴史的な運不運の波があります。

 分子生物学の勃興期に遺伝子治療は一世を風靡したのですが、(当時それ自体が未知であった)サイトカインストーム発生による死亡事故(1999年)を起こし、研究開発は急激に減少してしまいました。わたしが米国CVCで勤務したのは2007年~2010年ですが、テキサスで遺伝子治療薬を研究している大学研究室を訪ねたことがあります。彼らは歓迎してくれて、「いまどき遺伝子治療は化石扱いですよ。まさかVCが訪問してくれるとは思わなかった」といわれたものです。

 遺伝子疾患(希少疾患)に対する遺伝子導入治療が欧州で承認され(2012)、遺伝子治療の開発が息を吹き返し、それにつれて腫瘍溶解ウィルスの研究も進んできました。ウィルスは溶菌活性を示す濾過膜透過性の因子として見いだされ、当初の適用は抗菌薬でした。いまでも東欧一部で医療用に用いられ、ロシアでは軍用に用いられているようですが、西洋諸国では廃れています。現在では、ウィルス株と標的細菌との1:1対応が再び注目され、感染菌の分類診断用途で研究されています。

 癌患者がウィルス感染をおこした場合に、腫瘍縮小がみられたという臨床経験から、抗がん治療用途での研究が始まりました。セレンディピティの事例ですね。生ウィルスの直接投与(1960年代)では、①破壊された腫瘍細胞からの急激な分解酵素やトキシン類の大量放出による発熱、サイトカインストーム、正常組織壊死などの副作用、②高頻度の突然変異能をもつウィルス粒子の宿主体内温存による発症リスクがあり、実用化には至りませんでした。ただ、腫瘍破壊により腫瘍抗原が放出されて、宿主T細胞性免疫が活性化されることがわかり、免疫促進療法として注目されることになります(2005~)。第二のセレンディピティですね。

 腫瘍溶解性ウィルス製剤の開発は、レギュレーション上の制約が多く困難です。今回のコロナ禍により、世間一般のウィルスへの認識は、ずいぶんと高まりました。昨年までは、ウィルスと細菌との区別もつかないのが一般的だったのですが、いまはサイトカインストームの理解も進み、感染への恐怖も高まりました。このような環境変化も、ウィルス製剤開発の患者登録への悪影響となるかもしれません。

 ウィルス製剤ですが、野生型や弱毒株の場合には、不均一性があり、それが継代培養により増加し、原薬規格化の面で問題となります。組替型にすれば、均一性は保たれますが、搭載遺伝子の薬効・副作用、誘導される全身免疫反応の定量化が課題になります。免疫誘導では、臨床での有効性評価まで長期間を必要とし、開発難易度はあがります。宿主免疫への影響評価も困難度を上げます。

 製造の面でも難題が降りかかります。ウィルスは細胞なしでは量産できませんが、細胞バンクの維持、その恒常性の確保、混入ウィルスの排除が課題になります。製造スケールの増大にともない、同等性評価が必要ですし、製造法の単純な変更も、同等性の証明が必要です。腫瘍溶解性ウィルスの場合には、活性評価に癌細胞だけではなく、ヒト正常細胞との対比が必要で(ICHガイドライン)、ヒト正常細胞の入手とその恒常性確保が困難です。世界的にも(受託)製造施設が少ないことも課題で、国内ではタカラバイオがGMP製造施設で受託しています。

 ウィルス取り扱いはP2対応となり、P2施設をもつGLP試験受託CROの確保が困難になります(国内では新日本科学が対応)。ウィルス感染に種差がある場合は、安全性試験用動物種の選択が困難になります。

 腫瘍溶解性ウィルス開発の転機となったのは、ベンチャーBioVexによるGM-CSF遺伝子組替ヘルペスウィルス製剤が、進行性メラノーマのP-3試験で生存期間の延長を示し、アムジェンに買収され、メラノーマ適用で腫瘍溶解性ウィルス製剤として初めてFDA承認を得たことでしょう(2015年T-VEC、商号IMLYGIC)。局所注射で腫瘍縮小を示すとともに、免疫反応の活性化がみられました。腫瘍部位への注射が必要なため、適用が限られます。またヘルペスウィルス製剤であるため、他者への感染リスクがあります。さらに標的の腫瘍サイズが小さく、宿主の免疫系が損なわれていないことが必要など、適用対象が限られる課題があります。細胞周期阻害薬や免疫治療薬などとの併用で奏効率があがるのですが、併用に必要な薬価の増大の割には、生存期間延長がみられず、医療経済学的な観点から最近は、批判が出ています。

 腫瘍溶解性ウィルス製剤は、昨年から今年初頭にかけて、国内でも承認される見込みでしたが、うまくいきませんでした。タカラバイオが、名古屋大学との共同研究で、単純ヘルペスウイルス弱毒株HF10(組換体ではありません)製剤C-REVをメラノーマ適用で一度は申請しましたが(2019.3)、9月に取り下げています。企業側は、再生医療特別承認枠で申請したのですが(少数症例で「仮」承認され、販売後に症例追加し「本」承認を得る)、それが認められず、通常の抗がん剤としての臨床成績を得て再申請することを要求されています。医薬品開発では、事前に当局と事前相談を重ね(企業相談の場合には、相談料もばかにならない高額)、当局の議事録を得て後からの卓袱台返しを防ぐのですが、今回のケースは普通ではありませんね。PD-1抗体オプジーボが、メラノーマ適用を取り(2014年)、皮膚学会メラノーマ治療ガイドラインが改定(2019年)されるという、市場構造の変化が背景にあるのでしょう。開発企業はメラノーマではなく、膵癌適応のP-1を継続はしていますが、長く苦しい道のりになりかねません。

 最後に、見逃しがちな問題として、ウィルス排出の対策が必要になります。筆者が関与する阪大での放射性医薬品の体内投与でも課題となりますが、医療従事者・近親者・外部環境への排出による環境汚染、などによる第三者障害性のリスク評価が必要です。ICHガイドラインでは、腫瘍崩壊によりウィルスが増殖し体外に排出されるリスクが高まると考えています。歴史的な、T-VEC承認時の環境アセスメント評価においては、(1)遺伝子組替型であり野生型にくらべ感染性が2~3桁弱毒化されていること、(2)健常な第三者暴露の可能性は低いが、免疫力の落ちた妊婦への適用は禁止され、(3)免疫力の落ちた第三者(遺伝疾患、HIV、白血病、ステロイド療法患者)ではヘルペス感染症をおこすリスクがあると評価されました。その結果として、投与後30日間は、第三者との接触リスクを軽減化することが要請されています(今回のコロナ禍における「新しい生活様式」に近いですね)。放射性診断薬の体内投与では、投与後に入院隔離され排尿排便を特別な浄化槽でトラップして半減期を待たねばなりません。この浄化槽の容量上限が律速となって、対象患者数が制限を受けるくらい問題なのです。半減期の短い短寿命放射線核種へのニーズが高まる背景になっています。

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