光免疫療法の光と影

Acc.Chem.Res.2019,52,3332-3339

 楽天メディカルが開発している光免疫療法RM1929(AS P-1929)が、条件付き早期承認制度(少数例成績で仮承認し市販後成績を追加して再審査)で製造販売承認されたというニュースが話題です(2020.9.4)。NIH小林医師のアイデアである、EGF受容体抗体に近赤外光により活性化される光増感剤(silicon-phthalocyanine誘導体IR700)を結合した製剤と、近赤外光レザー照射カテーテルによる、医薬・医療機器複合療法であり、世界初の承認になります。

 楽天会長・三木谷氏が父の癌治療法を求めて、NIH小林医師と面談してから、そのアイデアの臨床開発支援を1週間で「即決」したのが最初です(2013)。残念ながら開発は間に合わず、父君は亡くなりましたが、三木谷氏の開発意欲は衰えず、いかにも楽天創業者らしい、決断力と前広な施策で開発を進めます。医薬専業ではできない事業感覚と言えるでしょう。ほかのVCなど投資家の参加を必要としない、豊富な資金力や、単一の意思決定というものが、このケースでは、すべて良い方向に働き、新規の治療モダリティーを承認に持ち込みました。抗体原料のMerck KgAとのライセンス締結にしてもトップ交渉ですし、臨床開発経験のない楽天メディカルが、国際治験ネットワークを形成する判断も早く、FDAファーストトラックをとり、今回は国内での早期承認申請を成功させました。すべて事業家として最速の手段を選んでおり、エピソードに富む驚くべき、成功物語と言えるでしょう。

 米国でベンチャー投資をしている時、事務所を設けたパロアルト中心部の同じビルには、同業VCが3~4社入居していました。「お隣さん」が、米国VCの雄である、Essex Woodlands Helthcareでした。責任者はパートナーのJeff Hinawanで、韓国系米国人です。いつも黒のタートルシャツを着こんでおり、それが彼のトレードマークでした。「お隣」のよしみで、付き合わせてもらい、同じバイオ企業への投資も何社かしています。VCシンジケート形成ではリードをとる男で、失敗した投資先の「処理方法」も、つぶさに見て勉強させてもらいました。Essexは、テキサスの石油長者たちが中心になり形成したVCで、Jeffの好成績を信用して、大型案件でも一任していましたが、彼自身は「失敗すれば終わりさ」と言い続けていました。

 そのJeffが見込んで投資していたシアトルのバイオベンチャーが、Light Science Oncologyであり、光増感化合物・レーザー照射カテーテルの複合体開発のオリジネーターです。

 そのアイデアに惚れ込んで、私財$50Mをつぎ込んだ創業者が、当時Microsoftの財務責任者であったCraig Watjenで、実は自身が癌を患っており、この新規治療モダリティーに望みを託したものと思われます。しかし、残念ながら創業の翌年に、彼は亡くなっています。

 アイデアの斬新さ、ベンチャーには考えられないシード資金$50Mというシナリオに、JeffのEssexがリードをとり、著名なVCがずらりとシンジケートを形成しました。その投資の履歴は、輝かしいものです。シリーズAで$32M (2005)、シリーズBで$30M(2007)、シリーズCで$40M(2008)、その後も$35M(2009)と順調に増資し、これまでに総額$182Mを調達し臨床開発を推し進めます。米国の臨床試験データベースClinicalresearch.gov には、実に13本の試験が登録され、ピボタルP-3試験も2本実施されています。

 2010年にCEOが、特段の事情説明もなく退社し、会社は後継CEOを探す羽目になります。この時点でも、会社は臨床試験について、次から次へと新規の計画や、患者登録の進行、終了時期の延期などはアナウンスしていますが、成績結果については沈黙を通します。そして、翌2011年に会社は臨床成績が期待にそぐわなかったことを表明し、社員の大幅なレイオフを発表しています。その後も、増資については、$1.2M(2012)、$0.35M(2013)、$2M(2019)と継続はしていますが、いまでは会社ホームページも削除され、Clinicalresearch.govの13本の臨床試験はすべて「終了」されていますが、成績報告は一つもありません。臨床試験というのは、成績不良で事実上の中止に追い込まれていても、(進展があろうが無かろうが)年間報告の提出義務さえ果たしていれば、閉じられることはありません。つまり、会社としては「臨床試験を継続中」とアナウンスし続けて、「生き続ける」ことができるのです。Essexxによる、2011年以降の、少額の増資継続は、従業員解雇にともなう保険負担などの「撤退作戦」に必要だったのでしょう。役員に名を連ねるJeff の労苦が偲ばれます。

 この、光増感剤・レーザー照射カテーテル療法という、同じカテゴリーにありながら、オリジネーターLight Science Oncologyが破れ、後続ランナーの楽天メディカルが成功を収めた背景には何があるのでしょう。Light Science Oncologyの臨床成績が開示されていないため、本当の理由はわかりません。ただ、想像できる違いは、Light Science Oncologyの光増感剤である、talaporfin sodium(開発コードLS11、商標Litx ™)は、赤色光で活性化し、取り込まれた癌細胞を破壊しますが、それ自身の体内分布に癌指向性はなく、手術手技であるレーザー照射によってのみ癌選択制を得ているのに対して、楽天メディカルの技術は、EGF受容体抗体に光増感剤を結合しており、それ自身の体内分布に癌指向性が強くあるということでしょうか。非選択的に広く薄く体内分布してしまう光増感剤に、レーザー照射による活性化を得なくとも、何らかの生体反応を惹起する副作用がみられたのかも知れません。

 新規の治療モダリティーの提唱と、それに続く(自身または身内に癌患者を抱える)成功した実業家による創業資金の提供という、似たようなシナリオを得た、2事例の創業物語ですが、光と影になってしまいました。楽天の三木谷氏の事業能力に畏怖を感じつつも、Jeffの今後にも危惧を抱いてしまう事例でした。

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