治療アプリ(CureApp)_薬効のない対照アプリって?

治療するアプリ

 数年前に薬機法の改定で、診断・治療にかかわるソフトウエア(アプリ)が医療機器の対象になると認められたときは(2014)、医療機器の測定ソフトのことと思っていました。そのころ、再生医療につかう細胞の状態を画像解析で判定するソフトの開発支援を行っていたこともあり、薬機法の対象になったためにソフト開発の難度(コードの管理など)があがり、手間暇が大変になるという印象でした。しかしその意義は、医薬・医療機器に並ぶ第三の治療手段として、ソフトウェア(アプリ)を開発・販売できるようにすることだったのです。

  アプリの医療応用として、一つには医家向けの管理アプリが開発・販売されています。米国ではtherapy softwareと呼ばれるジャンルで、治療記録の管理や保険請求を補助するソフトで、多数製品が競合しています。もう一つの医療応用が、患者向けの治療用アプリで、臨床開発で治療効果を証明し当局の承認を得て販売される治療製品になります。

英国で承認

  英国のThrive社が、ヒト精神状態の良好な維持・改善を効能とするアプリを開発し、英国NHS(National Health Service 公費負担医療によるヘルスケア)の承認を得ています。デジタルツールとして、患者のストレスの要因を検出し、それを取り除くように運動などの指導によって、患者に「行動変容」をもたらすことで、治療効果をあげるものです。医薬品が病態の原因について物質的な要因を除去する化学反応により治療(原因によっては根治にはならず対症療法となることも多いのですが)するのに対して、適切な運動指導やストレス発散の気分転換を促したり、睡眠を促進させることで、患者の行動様式を変えることによる治療になります。慢性疾患のいくつかは運動療法が有効なことが示されているので、使用者の運動習慣を変容・維持させるデジタル・ツールは、治療手段になるということでしょう。

CureApp

 国内では、医師である佐竹晃太氏が創業したCureAppが先頭ランナーであり、ニコチン依存症の禁煙補助アプリについて臨床開発を終えて、薬事承認・保険適用待ちの段階にあります。ニコチン依存は身体的依存と心理的依存とに分けられますが、いまの禁煙補助薬というのは、さきに述べたように、体内の原因に化学反応的に作用して依存状態を対症療法的に軽減しているわけですから、心理的依存をのぞくことはできないわけです。これまでは、医師とのコミュニケーションによって、心療内科的にこの心理的依存を軽減させているわけです。そのプロセスを、デジタルツールによって補助する、あるいは一歩進めて、心療内科治療を一部代替させていく治療手段となるのでしょう。ニコチン依存について成功すれば、精神疾患や、慢性疾患における心理面の改善方法として、幅広い対象疾患に臨床開発が進められていくのでしょう。

薬効のない対照アプリ

 そのはじめての臨床開発というのが、先駆者としての苦労から大変だったようです。少数例での「あたり」をみるフィージビリティスタディから、比較対照はおかない単群試験をするまではわかります。しかしその後に求められたP-3試験は、国内31医療機関で584人を登録して24週間の、ランダム化比較試験だったのです。医薬品開発の正攻法と同じで本格的な試験です。対照群には治療用アプリの有効性を科学的に明らかにするため、治療効果の期待できない偽薬アプリを用いたそうです。

 ここで、ビックリしてしまいました。医薬品の開発では、俗にいう「塩水」(リン酸緩衝液など)を偽薬として用います。錠剤などでは、薬効成分API (active pharmaceutical ingredient) を除いた製剤などを用います。これらは、「同じような外観や状態をしていて、薬効成分だけを含まないもの」として偽薬を簡単にイメージできるのです。しかし、患者との問答や助言によって患者の行動を変容させることが、いわば「薬効」であるアプリについて、「治療効果が期待できないように」(=薬効成分だけを除いた)アプリを作るというのは、どうしたらいいのだろうと、思ってしまいます。どんな偽薬アプリが作られ、どのようにして「それが対照薬として必要十分なソフト」であることを証明できたのか、実に興味があります。

百里を歩むひと

 どのような道でも、はじめてその道を切り拓くというのは、大変なことです。佐竹医師は、この途方もないP-3開発試験を成し遂げ、いまは、このようなアプリとして初めての「薬価」取得に挑戦しているのです。医薬品であれば、薬価は市販されている同一効能の類似薬における薬価を参照するか、それがない場合には原材料費や製造経費を積み上げる方法で算定されています。しかしながら、このアプリについては、類似薬は存在しませんし、製造コストというのも適切にイメージができません。薬価が不適切な参照方法により低く算定されてしまうと、CureAppの事業計画が狂うだけにとどまらず、この第三の治療法=治療アプリというカテゴリーそのものの将来性を狂わせてしまうことでしょう。道なき道を一人進む佐竹医師の苦闘を、心から応援したいものです。

追記 (2020/02/17)

 治療アプリについて、日経新聞CB INSIGHTS の解説記事が掲載されました。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO55617290U0A210C2000000/

 期待された分野ながら先行技術には限界が見え始め、製薬大手によるベンチャー提携は解消されているとされています。製品の実現可能性や、医療提供者や保険会社、患者に受け入れられるかを巡る懸念が浮上しているようです。

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